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2021.02.26 Fri

オンライン鑑賞教室を諸橋近代美術館と。アートへの入口を子どもたちにも。

公益財団法人諸橋近代美術館(福島県)の学芸員、佐藤芳哉先生へのインタビュー。
  • 「絵を見るって楽しい」という感覚がもてるための鑑賞。
  • オンライン鑑賞教室(無料)は来年度も継続実施を予定。全国どこからでもお問合せ可能。
  • 「あつまれ どうぶつの森」でも所蔵作品の一部が楽しめる。
  • 観光地に位置する諸橋近代美術館は、ダリの作品所蔵においてアジア最大。

    小田:今回は福島県にある公益財団法人諸橋近代美術館で学芸員をされている佐藤芳哉先生にお話を伺ってまいります。
     はじめに、佐藤先生がお勤めの諸橋近代美術館について教えてください。

    佐藤先生:諸橋近代美術館は磐梯朝日国立公園の中にある美術館で、この辺りは磐梯山や五色沼、温泉が近くにある観光エリアになっています。秋は特に美しい時期で、観光でお見えになる方の渋滞ができるほどです。当館は、建物の外観もとても魅力的で、結婚式の前撮りを目的にいらっしゃる方もいます。

    小田:圧倒されるような外観で、ヨーロッパの空気を感じます。

    佐藤先生:まさに、中世ヨーロッパの馬小屋をイメージして作られました。
     当館の所蔵については、館全体で420点ほどの作品を所蔵しています。これは他の私立美術館と比べると少ないようにも思えるのですが、そのうちの340点ほどがスペインの画家サルバドール・ダリ(Salvador Dalí, 1904-1989)の作品で、ダリの作品の所蔵数に関しては、アジア最大となります。

    小田:ダリはお菓子のチュッパチャップスのロゴデザインも手掛けた芸術家であるとのこと。ダリって意外と私たちの身近にいるんだと感じます。

    佐藤先生:ダリの作品の中でも、特に注目されるような作品も所蔵しているのに加えて、彫刻を複数所蔵していることも当館の特徴です。子どもによっては、絵画よりも彫刻の方が楽しめるということもあるかもしれません。

    小田:ダリ以外の所蔵作品についても教えてください。

    佐藤先生:セザンヌ(Paul Cézanne, 1839-1906)やゴッホ(Vincent Willem van Gogh, 1853-1890)、ルノワール(Pierre-Auguste Renoir, 1841-1919)、マティス(Henri Matisse, 1869-1954)、デ・キリコ(Giorgio de Chirico, 1888-1978)などの19世紀後半から20世紀初頭にかけての芸術家の作品も所蔵しています。
     もしかすると、こうした所蔵作品について、一貫性が無いように思われるかもしれませんが、それについては当館が、諸橋廷蔵氏(ゼビオ株式会社の創設者)のプライベート・コレクションを発端としていることが由来になります。

    小田:貴館の所蔵については、PJ クルック(PJ Crook, 1945-)も特徴的と思われます。

    佐藤先生:クルックの作品所蔵については、諸橋廷蔵氏が海外のギャラリーで一目ぼれして購入したことがきっかけでした。正直、当時はそれほど認知度の高い芸術家ではなかったのですが、イギリスのロックバンド「キング・クリムゾン」のCDジャケットを担当したことから一躍有名になりました。これからも評価が高くなる芸術家だと感じていますし、なにより作品がとても魅力的ですので、当館の役割として、クルック作品の良さをしっかりと伝えていきたいと考えています。

    PJ クルック《ふくろう》2016年、公益財団法人諸橋近代美術館蔵
    ©︎PJ Crook 2021

    鑑賞の奥深さ。楽しさ。

    小田:贅沢なお願いかもしれませんが、もしよろしければ実際に作品を取り上げていただきながら鑑賞の手引きをいただくことは可能でしょうか。

    佐藤先生:私は当館の教育普及活動を担当しているのですが、そうした視点からも先ほどご紹介したクルックの作品は非常に分かりやすく、作品の世界観に入り込みやすい特徴があることから、今回はクルックの作品を取り上げてみたいと思います。
     まず、彼女の作品の面白いところの1つは、額縁まで描かれているところです。下の作品をご覧ください。どこが額縁か分かりますか?

    PJ クルック《現在―過去》2001年、公益財団法人諸橋近代美術館蔵
    ©︎PJ Crook 2021

    小田:本当ですね。早速、面白い!

    佐藤先生:彼女の場合は、すべての作品の額縁を特注して、額縁にまで描いているという特徴があります。もしかすると、日ごろから美術館へ行かれることのある方でも、作品は覚えていても、その作品がどのような額縁に納められていたかは覚えていない方はいらっしゃるのではないでしょうか。クルックの作品は、額縁が作品に与える印象について自然に意識するための1つのきっかけになるのではないかと考えています。

    小田:額縁まで描いていることで、平面だけれども立体的な表現も生まれますね。

    佐藤先生:子どもたちと一緒に作品を鑑賞する際、特にこの『映画館』(1995年)という作品は面白いのですが、絵の中で懐中電灯をさしている女性がいますね。さて、この女性はなぜ懐中電灯をさしているのか、小田さんはお分かりになりますか?

    PJ クルック《映画館》1995年、公益財団法人諸橋近代美術館蔵
    ©︎PJ Crook 2021

    小田:うーん、全然わからないです…。ライトの先にいる寄り添った1組の男女に何かがあるのでしょうか…。

    佐藤先生:確かにライトの先に男女がいますね。
     実際に子どもたちと鑑賞を進めていく際には、例えば最初はタイトルを教えずに「ここってどこだと思う?」と問いかけると、子どもたちは自由な発想で「電車の中かな?」「劇場?」「映画館…?」という風に考えを巡らせ始めます。そうした中で、「懐中電灯をさしている女性は何をしていると思う?」と問いかけると、「タバコを吸っている人を注意している?」という意見があがることもあるのですが、実はこの絵の中でタバコを吸っている人はライトの先にいる人だけではありません。そうして子どもたちと作品を介して対話を重ねていくと、私たちがもっている「常識」がゆるやかに浮かび上がってくるかもしれないと思います。
     実はこの懐中電灯をさしている女性は、そのライトの先にいる男女の右隣りの席が空いており、その席にコートを着た男性をアテンドしているところなのです。

    小田:あーなるほど!

    佐藤先生:これは、クルックが若い頃に通ったイギリスの映画館における「常識」なのです。つまりは、私たちの知っている、日本の、今の映画館の常識とはかけ離れたものであり、だからこそ同じ絵を見ていたとしても、地域や時代が違うと絵から読み取れるものも変わってきます。これが絵のもつ1つの魅力だと思いますし、多様性だよね、ということを子どもたちに伝えています。

    小田:今お話しを伺っていて、「鑑賞」の奥深さをとても感じます。鑑賞を通して得られるものは知識だけではない、もう少し概念的な、実態の見え難い体験のようにも思いますし、純度の高い「気づき」のようなものにも思えます。

    佐藤先生:いま、「アート思考」という言葉とともに対話型鑑賞が美術館を越えて注目を集めており、アートの考え方がビジネスにも必要だと言われるようになりました。そうした「アート」の広がりによって、個人的に危惧しているのは、アートをすべて言葉で説明しようとすることです。知識の獲得や言葉による語りを鑑賞の唯一の目的とせず、どれだけ言葉を尽くしても語り切れないアートそのものを感じていくことが大切なのではないか、と考えています。

    小田:その意味では、詩を考えてみても分かりやすいようにも思うのですが、詩は言葉を組み合わせているのだけれども、使われている言葉1つ1つの意味を追うだけではその深みに迫ることは難しく、その作品の成立時に作者には何があったのか、表記は漢字なのか平仮名なのか、声に出して読んでみたときの感じ、改行や行間に込められたものなども総合して作品の世界が現れてきます。つまりは、言葉を使ってはいるけれど、言葉だけでは足りない。でも私たちはそれらを誰かに伝えるときに言葉を使い、対話をする。そうした面白さを、クルックの作品解説をいただきながら感じました。

    佐藤先生:「鑑賞」については、簡潔を極めると、「絵を見るって楽しいな」という感覚をもってもらえることがとても重要なのだと思います。「鑑賞教育」と言われるように、どこか鑑賞には「勉強」のニュアンスが残ります。そういった「学ばなければいけないもの」というイメージから脱却することとも言えるかもしれません。

    オンライン鑑賞教室から、アートを身近に。

    小田:貴館の取り組みの1つとして、特にお伺いしてみたいものに「オンライン鑑賞教室」があります。こちらは現時点では、2021年3月26日までの間、学校団体であれば無料で実施頂けるものと思います。
     まずオンライン鑑賞教室を実施するに至った経緯を教えていただけますでしょうか。

    佐藤先生:この取組はコロナを機に急速に立ち上がったものではありますが、実はコロナ以前から潜在的に抱えていた問題にも由来がありました。それは当館が僻地にあるということです。ここで言う僻地とは、学校や地域の方に利用いただくにあたって、移動時間がかかってしまうこと、またそれによって鑑賞時間に制限がかかってしまう可能性を意味しています。加えて、修学旅行などで様々な学校にご利用いただくこともありますが、当館は建物自体が大きくはないため、100名単位の生徒を相手に何か教育支援をするとなると、事前に簡単なワークシートを配布する程度しか物理的にできませんでした。さらに、当館は豪雪地帯にあるため、コロナに関わらず12月から4月頭まで冬季休館をしています。休館中は雪で閉ざされ、美術館にお越しいただくことも難しい中でどんな活動ができるか、という課題を抱えていました。

    小田:とても具体的な課題で分かりやすい一方で、特に立地面で、美術館へお越しいただくというスタンスではなかなか解決策を見出しにくいことから、新しいことをしなければいけない必然性が浮かび上がります。

    佐藤先生:そうした背景から、まず行ったのは、修学旅行や校外学習で当館を団体利用される団体に向けて、県内限定で、当館から事前訪問を行うものでした。その後、コロナの影響により団体利用のキャンセルが相次ぎ、感染拡大防止の観点から40名以上の入館ができない状況にもなりました。そのため、当館から学校にお伺いすることもできず、学校が当館にお越しいただくことも難しいということで、新しい案としてたどりついたのが「オンライン鑑賞教室」でした。

    小田:オンラインによって、場所や空間の問題がクリアされる一方で、これまでであれば学校側のオンライン環境の整備が課題になるところでしたが、コロナやGIGAスクールの影響で、偶然にもその点もクリアされていったということだと思います。
     先ほどのクルックの作品鑑賞を導いていただく中で、個人的には、こんなにも専門的な方が無料でオンライン鑑賞教室を実施頂けるのであれば検討したいと思うのですが、現在公表されている内容では年度内までの実施に留まるようにも思います。来年度以降の実施は予定されているのでしょうか。

    佐藤先生:来年度に関しても、現時点では実施の方向で検討しています。もし来年度の利用を検討くださる場合はお申し込みフォーム等からご相談いただければと思います。
     特に私が実施の際に重視していることは、直接、ご依頼くださる先生と連絡を取りあうことで、先生方がどのようなことに課題意識をもっていらっしゃるのかを知るということです。相談をさせていただきながらオーダーメイド感覚でプログラムの内容を作っていますので、どうぞお気軽にご相談ください。HPに記載がないような内容でも、できる範囲のものは対応しています。それぞれの課題意識に寄り添った内容をご提供できればと思っています。

    ▼【学校団体限定】Zoomを使ったオンライン鑑賞教室についてはこちら
    https://dali.jp/event-page/6704

    小田:こうした鑑賞活動の取組の後、いかに子どもたちの生活の中で、学びや体験を延長できるかということも課題になってくると思います。その意味では、貴館の面白い取組として、「#あつ森で飾ろう」と題し、「あつまれ どうぶつの森」(任天堂)というゲーム内で美術館所蔵作品を飾ることができるようにもなっています。このゲームは発売開始から約3か月で500万本の販売実績をもっており、老若男女問わず愛されているゲームです。

    佐藤先生:「あつまれ どうぶつの森」での美術作品のデジタル化については、アメリカのメトロポリタン美術館などから開始され、日本では三菱一号館美術館が開始しました。その後、当館でも取り入れました。
     取り入れた理由としては、「あつまれ どうぶつの森」が子どものみならず、大人にも楽しまれているゲームであるという点にありました。私自身、アートをファッション感覚で楽しみたいという思いもあり、サブカル的な手軽さを提供できたら楽しいのではないかとも思っています。

    小田:オンライン鑑賞教室を通して作品に触れ、そうした体験がその後、子どもたちや、貴館との連携を担当された各学校の先生の生活にも延長して息づいてくると素敵だなと思います。

    全国の先生方へのメッセージ

    小田:最後に、全国の先生方へメッセージをお願いします。

    佐藤先生:オンライン鑑賞教室は、諸橋近代美術館に来てもらうためのものではありません。美術館を身近に感じてもらうこと、また美術館に行ってみたいなと思えるきっかけになることを願った取組です。なので、沖縄の方であろうと、北海道の方であろうと、あるいは一生美術館には行かないと内心思っていらっしゃる方も、気軽に活用していただきたいと思います。オンライン鑑賞教室への参加をきっかけに、今度、近くの美術館に行ってみようかなと思っていただければ嬉しいと思っています。願わくば、いつか諸橋近代美術館に行ってみようと思っていただければ幸いです。
     場所など関係なく、子どもたちを美術館と関わらせたいという先生方に積極的に活用のご検討をいただきたいと思います。

    小田:佐藤先生、今日はありがとうございました。

    話し手

    佐藤芳哉先生 … 公益財団法人諸橋近代美術館(福島県)、学芸員。

    聞き手

    小田直弥 … NPO法人東京学芸大こども未来研究所専門研究員。

    ライター

    福島達朗 … NPO法人みんなのことば事務局長、部活動指導員(渋谷区, 吹奏楽)、フリーランスのステージマネージャー

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